第6回 エミッタ接地回路の定数を決める
前回は、トランジスタには3つの接地方式があることを紹介しました。今回はそのうちの1つ「エミッタ接地回路」を取り上げます。微小な信号を増幅するのに使うエミッタ接地回路の基本的な設計手順について、詳しく説明しましょう。
グラフ/数式と「感」を駆使
図1にエミッタ接地を使った増幅回路を示しました。この増幅回路を使って、「10mV(ピーク・ツー・ピーク値、以下「pp」と記載)の入力電圧を、1Vppに増幅して出力する」ことを目標にします。

R1やR2、Rcといった各抵抗値や、信号を入力していないときのコレクタ電流やコレクタ-エミッタ間電圧を決める必要があります。
具体的に何を決める必要があるでしょうか。図1を見ると、負荷抵抗(コレクタ抵抗)Rcや、ベース端子に印加する電圧を決める抵抗R1とR2があります。まず、これらの抵抗値、すなわち回路定数を決める必要があります。さらに、トランジスタのバイアス(動作)点を決めなければなりません。バイアス点とは、トランジスタに信号を入力していないときのコレクタ電流(Ic)とコレクタ-エミッタ間電圧(Vce)です。トランジスタに信号を入力すると、バイアス点を中心にIcやVceが変化します*1)。
これらの値を決めるには、トランジスタの特性を示すグラフや数式はもちろん、設計者それぞれの経験やノウハウ、直感を駆使して作業を進めていきます。筆者は、エミッタ接地増幅回路の回路定数を決める際には、前回紹介した「トランジスタの電圧と電流が決まる手順」と逆の順番で作業を進めていくのがコツではないかと考えています。
つまり、(1)負荷抵抗(コレクタ抵抗)Rcの値を決め、次に(2)バイアス点を決めます。その後、(3)コレクタ電流Icの値を基にベース電流Ibの値を算出し、(4)ベース電圧(Vb)を決める抵抗R1とR2の値を決定する、という流れです。それでは、具体的な作業手順を、以上の4ステップに沿って説明します。
まず負荷抵抗を決める
まず、負荷抵抗Rcの抵抗値を求めましょう*2)。電子回路は必ずその前後に別の回路を接続して使うので、設計した増幅回路の次段に何らかの回路が接続されたときに信号振幅が小さくならないように配慮しなくてはなりません。そのためには、次段の回路の入力インピーダンスに対して、Rcを小さくする必要があります。かといって、Rcを小さくし過ぎると、次段の回路が接続されなくても出力信号の振幅が小さくなってしまい、同じ振幅値を得ようとすると、トランジスタに流す電流が増えてしまいます。そこでここでは、著者の経験を基に、後段に接続する回路の入力インピーダンスを10kΩと仮定して、負荷抵抗をこの1/100の100Ωに「えいやっ」と決めます。1/10では足りないけれど、1/1000にするほどでもないから1/100にしたとも言えます。
次にバイアス点のコレクタ電流(Ic)とコレクタ-エミッタ間電圧(Vce)を求めます。これが第2ステップです。このステップが4つのステップのうちで一番重要だと考えています。バイアス点を決めるには、まずVceとIcの関係を示したグラフ(Vce-Ic特性)上に「負荷直線」を引きます(図2)。負荷直線とは、Vce-Ic特性上でVceが電源電圧(Vcc)となるX軸上の点(図2(a)では5.0V)と、「Ic=Vcc/Rc」となるY軸上の点(同50mA)をつないだ直線です(同黒い破線)。この負荷直線を引く作業は重要です。実際に稼動しているトランジスタを見ると、そのVceとIcは負荷直線上の値だけを取ることができ、両者の関係はこの直線で規定されるのです。直線の傾きは−1/Rcですので、負荷抵抗を変えることで傾きを調整できます。

(a)はコレクタ-エミッタ間電圧(Vce)とコレクタ電流Icの関係、(b)はベース-エミッタ間電圧(Vbe)とIcの関係です。
最も重要なバイアス点設定
負荷直線を使って、実際にバイアス点を決める作業に入りましょう。1Vppの信号を出力することが目的でした。100Ωの負荷抵抗(Rc)で1Vppを出力するので、Icの変動幅はオームの法則から1Vpp/100Ω=10mAppとなります。そこで、図2(a)の負荷直線上の「どの部分を使って」、変動幅が10mAppのIcを流すか(つまり、バイアス点)を次のような手順で見付け出します。
当初設定した目標では、入力は10mVppと定めました。この情報を使います。つまり、入力電圧の変動幅が10mVppのときに、変動幅が10mAppのIcが流れるように設定すればよいのです。このとき、図2(b)に示したベース-エミッタ間電圧(Vbe)とIcの関係(Vbe-Ic曲線)を活用します。
図2(b)を見ると、Vbeが大きくなるにつれて傾きが大きくなっているのが分かります。この曲線上で、入力電圧の差が10mVのときに、Icの差が10mAとなる部分を探し出せば良いのです。この作業は、計算式を使って簡単に進められます。IcとVbeの関係式は以下になります。

Isは飽和電流で、Vbeが0VのときのIc値となります。通常、10−10〜10−16と非常に小さい値です。また、上式の中括弧内の「−1」の項は無視できます。Vtは熱電圧で、27℃ではVt=26mV程度になります。ここで、熱電圧VtはKT/q[V]となり、Kはボルツマン定数(1.38×10−23[J/K])、qは素電荷(1.602×10−19[C])、Tは絶対温度[K]です。nは補正値で、一般に1〜2の値をとりますが、以降の計算では簡単のためn=1として進めます。
この数式をVbeで微分すると、Vbe-Ic曲線の傾きが得られます。
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IcとVtから、Vbe-Ic曲線の傾きが決まることが分かります。(2)式中の熱電圧の影響は、トランジスタの内部で、エミッタにIcとVtで決まる抵抗Rvtが付いているとイメージすると分かりやすいかもしれません(図3)。ベースとエミッタの間には0.7V程度の固定電圧源が入っていると考えてください。そうすると、ベース電圧が10mVpp変化すると、エミッタ電圧もそのまま10mVpp変化します。この10mVppがRvtにかかるので、流れるエミッタ電流Ie=10mVpp/Rvtになります。Ie≒Icなので、図2(b)のグラフの傾斜は1/Rvtに相当し、Icを増やすと1/Rvtは大きくなります。

熱電圧の影響は、トランジスタのエミッタの内側に熱電圧とコレクタ電流で決まる抵抗があると分かりやすいです。
(2)式から、10mV幅で10mA幅の変化に必要なコレクタ電流Icは、Ic/Vt=10mA/10mVを解いて、Ic=26mAと計算できます。従って、Icのバイアス点は26mAで、これを中心にして±5mAを使えば、10mVppを入力したときに10mAppのコレクタ電流が得られます。そして、このときのバイアス点のコレクタ-エミッタ間電圧Vceは、図2(a)の負荷直線から2.4Vと求まり、これを中心に±0.5Vになることも分かります。この様子を図2(a)上に赤矢印で示しました。以上で、4段階の設計作業のうち2段階までを終えました。
ベース電圧決める最終段階
続く第3ステップでは、コレクタ電流Icを基にベース電流Ibを算出します。前回説明したように、「Ic=電流増幅率β×Ib」の関係があります。βはトランジスタごとに決まる定数で、ここでは100と仮定しましょう。従って、Icが26mAであれば、Ibは260μAになります。
最後の第4ステップでは、所望のベース電圧Vbとなるように、抵抗R1とR2の値を決めます。ここで注意しなければならないのは、260μAのベース電流による電圧降下の悪影響です。ベース電流が無ければ、R1とR2に流れる電流値は同じです。従って、電源電圧と2つの抵抗の比でベース電圧は決まります。しかし、ベース電流が流れると、R1に流れる電流の方がR2より増えて、抵抗比で決めた電圧よりベース電圧が下がります。これが電圧降下の悪影響です。
このベース電流による電圧降下は、設計者それぞれの考えや経験で決めることが多いです。ここでは仮に「130mV」と決めます。電源電圧5Vに対して2.5%程度となり、許容できる誤差の範囲と言えるでしょう*3)。ベース電流による電圧降下を130mVとすると、ベース電流は260μAですので、抵抗成分は130mV/260μA=500Ωとなります。また、図2(b)からベース電流が260μA、すなわちコレクタ電流が26mAのときのベース-エミッタ間電圧Vbeは860mVと読み取ります。
「鳳-テブナンの定理」を活用
以上の情報から、抵抗R1とR2を決めるための回路が図4です。図4(a)はR1とR2、トランジスタのベース端子の部分を抜き出して書いてあります。電子回路の授業で真っ先に学習する「鳳-テブナンの定理」を使うと図4(b)のように変換できます・・・と書いてしまうとそれまでなのですが、筆者は、この定理を教わった学生のときはいったい何に使うのか分かりませんでした。

(a)と(b)はまったく同じ回路です。R1とR2の値を決めるために、電子回路の基本定理である「鳳- テブナンの定理」を使います。
詳しく説明しましょう。図4(a)のVbは、Vccを抵抗で分圧した値なので、Vb=Vcc×R2/(R1+R2)と計算できます。図4(b)に示したVbを、図4(a)Vbと同じ値にするには、V2をV2=Vcc×R2/(R1+R2)とすればよいことが分かります。
しかし、仮にR1とR2の合成抵抗値であるR3が無ければ、負荷電流(ここではベース電流)による電圧降下が発生しません。そこで図4(a)の「Vb」と記載した端子の外から回路の中をのぞき、Vb(出力)端子とグラウンドとの間の抵抗成分(出力インピーダンス)を計算します。この抵抗成分に相当するのが図4(b)のR3で、図4(b)でも出力インピーダンスが図4(a)と同じになるようにR3の値を設定します。
図4(a)の出力インピーダンスを考えるとき、Vccを発生させる電圧源は短絡とみなし、抵抗は0Ωです*4)。従って、R1と電圧源の抵抗値0Ωの和と、R2の並列抵抗値「R1×R2/(R1+R2)」が図4(a)の出力インピーダンスとなります。図4(b)でR3=R1×R2/(R1+R2)とし、V2= Vcc×R2/(R1+R2)とすれば図4(a)と図4(b)はまったく同じ回路になります。これは、鳳-テブナンの定理そのものです。筆者がこの定理を実際の回路でどのように使うかを知ったのは、アナログ回路を設計する仕事に就いて数年たってからのことした。
R1とR2の値は次のように計算します。図4(b)で、R3を先ほど計算した500Ω、R1とR2でV1を分圧した電圧V2が、860mV+130mV=990mVとすれば良いのです。従って、R1とR2は次の2つの式から、R1=2.525kΩ、R2=623Ωが得られます。

温度特性に難あり
以上の説明で決めた定数を使ったエミッタ接地増幅回路を図5に示しました。前段または後段の回路に入力/出力のバイアス電圧が影響されないように、入力部分と出力部分に1μFのコンデンサ(C1とC2)を付けました。入力信号を印加したときの過渡解析した結果が図5(b)です。目標通りに、10mVppの入力電圧幅に対して、1Vpp幅の出力電圧が出力され、ほぼ期待通りの結果が得られました。

(a)は今回設計した増幅回路の全体です。(b)では、「10mVppの入力電圧を、1Vppに増幅して出力する」という目標通りに回路が設計できたことを示しました。
せっかく増幅回路を設計したので、温度特性がどのようになるのかをシミュレーションで確認してみました。周囲温度を−40℃、27℃、125℃と変えて計算したところ、125℃の周囲温度では出力電圧の下側が歪んでしまいました。図5(a)に示した増幅回路には、温度特性が悪いという欠点があることが分かります。125℃の高温環境で使うことは無いのではと、思うかもしれませんが、自動車のエンジン・コントロール・ユニットならば十分にあり得る温度です。そこで次回は、温度変化への対策を紹介しましょう。
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美齊津摂夫(みさいず せつお)氏









